パリに拠点を置く「国境なき報道記者団(Reporters Without Border= RWB)」がまとめた2015年度の世界に於ける報道の自由指数(World Press Freedom Index)によると、日本は180ヵ国中61位だった。2010年度には173ヶ国中11位にランクされていたのだが、それ以降は急に下がり、2012年と2013年は178ヶ国中53位になり、更に2014年には180ヶ国中59位だった。つまり、たったの5年間で11位から61位まで順位を下げたことになる。報道の自由指数をまとめるに於いて、RWBが評価する点は、メディアの多元性や独立性、ジャーナリストの安全と自由の尊重、そしてメディアが自由に活動できる法的そしてインフラの環境だそうだ(http://index.rsf.org/)。
ではなぜ近年の日本では報道の自由度が急激に低下したのだろう。悪化の状況は、どうも安倍首相が2012年に首相として再び返り咲いた時期と重なる。彼は2006年9月から一年間首相の座についていたのだが、健康上の理由で辞任したのだ。興味深いことに、2005年には日本は161ヶ国中37位だったのだが、2006年には51位と後退した。その後2007年には37位、2009年には17位、更に2010年には11位と上昇した。
RWBが検討する尺度の一つであるメディアの多元性に関して、これまでの日本社会は十分寛容的で、あらゆる政治的思想の新聞やその傘下にあるテレビ局は、自由に報道活動を許されていたと思う。しかし、近年、安倍首相や自民党が推進する政策に対し批判的なメディアは、彼らから圧力を受けるようになり、それが日に日に増している、と報道されている。例えば、ここ数カ月の間に、元官僚で今は安倍首相の政策に批判的な政治評論家である古賀茂明氏が、テレビ朝日のニュース番組から降ろされたのも、彼らからの圧力によるものだと報道された。他のテレビ局の報道番組から降ろされた人物も数人いるが、それらのケースも政治的いじめや圧力によるものだった、とうわさされている。
安倍首相や自民党への批判的なメディアに対し、彼らが威嚇又は報道を封じようとした対象は日本人ジャーナリストだけでなく、外国メディアの特派員にも及んだそうだ。(参照:Frankfurter Allgemeine Zeitung の Carsten Germis がドイツに戻った後、2015年4月02日付けのNumber 1 Shimbun に寄稿した “Confessions of a foreign correspondent after a half-decade of reporting from Tokyo to his German readers=5年間東京からドイツ語読者に宛てて報道し、その勤務を終えたある外国人特派員の告白”という記事). ゲルミス(Germis)氏 によると、赴任した5年前に比べ、去りゆく日本は随分変わってしまったそうだ。
例えば、彼によると、民主党が政権を握っていた頃、外国人ジャーナリストはしばしば首相官邸に招かれ、その当時の政治・社会問題に関して、オープンに話し合いが持たれたそうだ。しかし2012年12月以降、安倍政権には率直さが全く感じられなかったという。外国人特派員が日本政府にもっと具体的に説明してもらいたい問題点の長いリストを抱えていたにもかかわらず、政府側は彼らと話し合いをする意思を全く示さなかったそうだ。それなのに、安倍首相の政策に批判的な記事を書けば、直ぐ「反日」と見なされたそうだ。
更に自分自身の経験を引用し、ゲルミス氏は彼が安倍首相の歴史修正主義を批判した記事を発表した後、彼の新聞社の上級外交政策編集長の元に、東京からの異議申し立てをするため、わざわざ在フランクフルト日本総領事が訪れたとのこと。この外交官が訴えたのは、彼の記事を中国が反日プロパガンダに使用したとのこと。もっとひどいことに、その彼は、“記者が北京に買収されているのではないか”、というような事を仄めかし、彼(ゲルミス氏)や編集長だけでなく、彼の新聞社をも侮辱したとのこと。彼によると、このような外交官の行動は、5年前には全く考えられなかったとのこと。
安倍陣営からのこのような行動は、民主主義の根幹である報道の自由と国民の知る権利を軽視している証拠と言わざるをえない。第二次世界大戦に至るまで、そして終戦まで、当時の軍国主義政府によって制御・操作された報道の為、国民は暗闇に置かれ、沈黙を強いられた。その為彼らは大きな代償を支払らわされたのだ。だからこそ、これまでの70年間、ジャーナリストや一般国民は民主主義の基本を育んできたのだ。しかし、2013年12月、特定秘密保護法の制定により、この点では後退したようだ。この法律の目的は、政府が指定する「国家機密」を公務員が漏らすのを防止することだ。しかしジャーナリストや国民は、この法律によって、彼らの知る権利が抑制されると主張している。
日本のメディアの独立性を確保するための制度的メカニズムは、これまで十分ではなかった。例えば、テレビを持つすべての世帯に課す受信料によって運営される公共放送であるNHKの会長は、独立した委員会によって選ばれるのではなく、首相によって任命される。
2014年1月、3年間の任期で安倍晋三によって任命されたNHKの現会長・籾井勝人氏は、彼の見解のため、そのポストには不適任だと広く批判されている。独立かつ公平であることが求められているにもかかわらず、彼は就任時の記者会見の席上、日中・日韓の間で未だに紛争の火種になっている領土問題に関して質問された時、「政府が(右)と言えば、(左)と言うわけにはいかない」、と述べたからだ。また他の席で、第二次世界大戦時からの大きな論争になっている「慰安婦」問題について、NHKは徹底的な調査を行いその結果を放送しないのか、と尋ねられた時、彼の答えは、「ノー」で、その理由は、その問題に対してまだ政府の確立した見解がないからだ、とのことだった。彼の発言を聞き、多くの人々が、彼は政府から独立した公共放送局を率いる適任者ではない、と考えるのも不思議ではない。
安倍政権のメディアに対する圧力が増しているという状況を示す最近の事件は、この6月下旬に暴露された。漏れた報告によると、安倍首相に近いとされる自民党の若手議員40人程が、党本部で開かれた非公開の勉強会に参加し、その会で、安倍政権の軍事政策に批判的な沖縄の二つの大衆紙をどのように懲らしめようかと話し合ったとのこと。民主主義に対しそのような無礼な態度をとる自民党政治家へ、野党からごうごうたる非難が出たが、安倍首相は最初、それらは非公開の場所で述べられた私的な意見であったと主張し、野党からの批判を一蹴した。しかしメディアの批判は日増しに大きくなったため、彼はその勉強会が自民党本部で行われたという事実により、最終的には彼自身に責任があったことを認めざるを得なくなり、沖縄県民にも謝罪することを余儀なくされた。
上記のような出来事を考慮すると、日本が過去5年間で世界報道の自由指数の順位を急激に下げたことが理解できる。しかし我々は、自分たちの状況がさらに悪化することをただ座って黙認するわけにはいかない。ジャーナリストや一般市民は今何が起こっているかを認識する必要があり、第二次世界大戦以降、憲法が保証してきた民主主義の下での基本的権利を取り戻さなければならない。さもなければ、私たちはある日目を覚ました時、我々の社会が暗い時代に逆戻りしてしまったことを認識せざるをえなくなるでしょう。