歴史修正主義と否定

去年の暮、2016年に制作された、デービッド・ヘア(David Hare)作、ミック・ジャックソン(Mick Jackson)監督の映画「否定と肯定(邦訳)」を見た。この映画は、アメリカのホロコースト(ユダヤ人虐殺)に関する学者デボラ・リップシュタット(Deborah Lipstadt)の著書History on trial: My days in court with a Holocaust denier「歴史の裁判:ホロコースト否定者との法廷の日々」に基づいたもので、内容はリップシュタット本人の実経験を如実に再現したものとのこと。彼女は、ナチスドイツ学者でありホロコースト否定者デーヴィッド・アーヴィング(David Irving)によって英国にて名誉毀損で訴えられた。 主役のリップシュタットはレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)という女優が、そして彼女の弁護団のトップ弁護士リチャード・ラムプトン(Richard Rampton)をトム・ウイルキンソン(Tom Wilkinson)という男優が熱演した。Denial_(2016_film)

英国の名誉毀損訴訟では、被告人が原告側の非を立証する責任を負うのだそうだ。この訴訟では、弁護団は原告アーヴィングがホロコーストに関して嘘をついたことを証明しなければならなかった。 アーヴィングは弁護士を雇わず、自分一人で法廷での戦いを選んだ。訴訟の準備の為、リップシュタットとランプトンはポーランドのアウシュヴィッツ・ユダヤ人収容所を訪れ、また彼女の弁護団はアーヴィングの膨大な個人的日記をくまなく調べた。アーヴィングは、弁護団が提示する証拠を極力歪め、信ぴょう性に欠けると自分自身の主張を通そうと頑張った

裁判の過程で、リップシュタットは弁護団が彼女を脇に追いやり、また彼女が知り合ったホロコースト生存者に証言する機会を与えないことに、不満を募らせた。そのことに関し、ランプトンの説明は、アーヴィングは証人尋問の時、生存者の不確かな記憶に対し、彼女を嘘つきと決めつけ、彼女に耐え難い屈辱感を与えかねないと、そして彼はその事を自分の都合の良いように極力利用するだろう、とのことだった。結果的に、巧みな尋問を通してランプトンはアーヴィングの不合理をうまく暴露した。また弁護団の為に証人台に立った専門家達も、アーヴィングの過去の著書における歪みを明確に示した。

結審の前に、裁判長はアーヴィングが本当に彼自身の主張を信じているのだろうか、そしてその場合、彼はリップシュタットが主張するように嘘つきであるとはみなされないのかもしれない、と一瞬思った。しかし、結局のところ、彼は彼女の記述通り、学者でホロコースト否定者の原告が欺瞞的であると確信した。リップシュタットの弁護団は、彼女が法廷で証言台に立たなかったが、彼女の堅実な著書のお蔭で原告の嘘に対してうまく挑戦し、この訴訟に勝てたのだ、と彼女を称えた(http://en.wikipedia.org/wiki/Denial_(2016_film)。

映画を見ていて、それが少なくとも半世紀前かそれ以上遡る時代の話に基づいているのだろうと考えた。 ところが、1994年にアーヴィングがリップシュタットの講義を突然混乱させ、彼女に対し「嘘を教えないように」と大声で喚いたことに端を発したと知り、大変驚いた。訴訟が終結したのが 2000年4月で (週刊MDS、2017年12月29日付けの「否定と肯定」という記事)、ナチスドイツの敗北から72年が経過したことを考えると、それは比較的最近の事件である。私は、ユダヤ人虐殺は、歴史的事実として大分前から世界的に認められていたと想像した。 その為、アーヴィングのようにそれを未だに否定する「知識人」が存在することを知り驚いた。歴史修正主義者はあらゆる時代にどこにでも存在するのだろう。 悲しいことに、日本にもそのような人物が多くいる。

映画を見て数日たった後、フェイスブック(FB) アカウントを見ていた時、私の目は突然アップされていた写真にくぎ付けになり驚愕した。FBで繋がる人物が投稿した写真だった。それは元国防大臣稲田朋美氏が大きな会場で演説しているもので、彼女の頭上、そして壇上の幅一杯に、集会の趣旨を明記した大きな横断幕が掲げられてあった。「外務省 目覚めよ! 南京事件はなかった: 南京攻略80年記念大講演会」と書かれてあった。稲田氏が安倍首相に近い超国粋主義者であり、歴史修正主義者であることは知っていたが、彼女が公の場で、南京虐殺のような歴史的事件に関する外務省の公式立場に対して異議申し立てをするとはとても信じがたい。稲田朋美2017Dec.

最初、私は誰かが冗談としフェイク・ニュースをFBに投稿したのだと思った。 しかし、それは新聞記事によって、日本が80年前に中国の首都だった南京を攻略した12月13日に、稲田氏が「南京戦の真実を追求する会」の集会で演説したことが確認された(http://www.sankei.com/politics/news/171214/plt1712140010-nl.html)。 その記事によると、稲田氏は、「日本をおとしめる中国の政治宣伝に対抗していく上で、外務省による南京事件既成事実化は看過できない」と聴衆に訴えた。彼女や他の講演者は、日本政府による「対外発信の強化を提唱した」。また稲田氏は、「日本の名誉を守るとは、言われなき非難や事実と違うことに断固として反論することだ」と強調し、「国益を守るために政治家としての軸足を置いていきたい」と述べたとのこと。

日本の著名な政治家が大勢の聴衆の前でそのようなバカげた演説をしたとの事実に、背筋が寒くなる思いだ。 20世紀前半に日本が近隣のアジア諸国を侵略し、その地域で残虐行為を働いたことは十分記録され国際的にも共有された記憶であり、とうてい否定できない事実である。その為日本は第二次大戦での敗戦時に、無条件降伏を強いられたのではなかったのか?一体稲田氏は、南京虐殺に対する外務省の公式立場の何に反論しているのか?

そこで、南京大虐殺に関して日本の外務省の公式立場がどうなのかを調べた。以下はHPに掲載されているものである:

1.        日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

2.       先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の  歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたもので、そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。

3.        こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日の内閣総理大臣談話の中で、明確にしました(http://www.mofa.go.jp/mofa/area/taisen/qa/)。

上記のように、外務省は南京で日本軍が犯した残虐行為を消極的にも認めているが、実際の被害者数の証明が難しいことを理由に、弁護的な立場である。しかしながら、被害者数に関して諸説があろうとも、何者も南京事件が全くなかったとは言えない。 重要なのは、被害者の正確な数の問題は二の次で、日本が過去に犯した残虐行為を認め、その行為に対する心からの謝罪を表明することである。ホロコーストを否定したアーヴィング同様、稲田氏は南京虐殺を歴史的事実として完全に否定しているのだろうか? もしそうだとすれば、彼女は日本の「名誉」や「国益」をどのように守るべきかを全く理解していないと言える。

カテゴリー: 異文化, 国際関係, 国家の安全保障と防衛, 日本, 歴史 タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , パーマリンク

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