高江の戦い

8月上旬、私は「オスプレイ・パッド」の建設反対の座り込みに参加するため、沖縄本島の北部に位置する東村の、人口150人余りの高江という遠い集落を訪れた。2基のオスプレイ・パッドは、既に高江に隣接、又はその集落を囲むように存在するヤンバルの森に建設されてしまった。 その森は、豊かで独自の生態多様性を誇る、原始的な亜熱帯雨林である。ヤンバルの森の約7800ヘクタールは、米海兵隊専用の北部訓練場(NTF)になっており、その中にはジャングル戦訓練センターが配置されている。1957年以来、そこは米海兵隊が隊員をベトナム、アフガニスタン、イラクやその他世界各地に派遣する前、ジャングル戦に備えての訓練を施してきたところである。

ヤンバルの森

ヤンバルの森

新しい「オスプレイ・パッド」建設の提案は、1996年、日米政府のSACO(沖縄に関しての特別行動委員会)合意にさかのぼる。日米政府間のその合意は、1995年、沖縄地元の女子が3人の米兵によって強姦されたことに端を発し、米軍基地の縮小を要求した大掛かりな抗議行動が催された後に締結された。日米安全保障条約、第3項の下の地位協定によれば、米軍人や軍属関係者が日本で法を犯しても、日本の警察はその者を逮捕も出来ないし、法の下で裁くことも出来ない(ja.m.wikipedia.org). 面積からいうと沖縄県は日本全体の僅か0.6%に過ぎないのだが、日本に存在する米軍基地の実に74%が沖縄に集中する現状を考慮すれば、当然、沖縄県民はそのような状況に怒りを覚える(前ブログ「沖縄の戦い」参照)。

米軍基地の存在に対する地元の敵意がより強くなっている状況に危機感を抱いた日米両政府は、沖縄県民をなだめようと試み、北部訓練場の約4000ヘクタールを県民に返すと発表。それによって、沖縄の米軍基地の存在による負担を軽減すると約束したのだ。北部訓練場にあるヤンバルの森の半分が地元に返還されるとは、信じられないほど願ってもないことだった。だが、案の定、それは一定条件の下で返還されると言うことだった。

北部訓練場には既に22基のヘリパッドが建設されている。従って、北部訓練場の半分を返還する条件とは、そのうちの6基を返還される場所から、訓練場として残る部分に移築すること。また、6基の新しい「ヘリパッド」は高江の集落を囲むように建設が計画されている(”Voice of Takae”, 2013年10月1日)。しかしながら、高江住民には、それが普通の「ヘリパッド」ではなく、垂直―水平飛行が可能で、騒音と安全面において世界中で嫌われているオスプレイ(”Fighting to Save A Remote Okinawa Forest” by Jon Letman, Aug. 12, 2016)の飛行訓練用「オスプレイ・パッド」だと言うことを、最初から知らされていなかった。その上、普通のヘリパッドに比べ、各新オスプレイ・パッドは、着地帯の直径45メートルを含む直径75メートルの面積を要する(“Voice of Takae,” op.cit.)。騒音と森林破壊を考慮すれば、現地の人々の負担軽減には程遠いものだ。実際、その正反対である。

オスプレイ

オスプレイ

SACO合意を受け、高江の住民は1997年に彼らの地区での新しい「ヘリパッド」建設に反対する決議を採択し、2006年にも繰り返し採択された。にもかかわらず、日本政府はそれらを無視し、2007年7月、住民たちが抗議の座り込みを始めた時、建設工事に着工した。公共道路上での交通妨害と称し、政府は座り込み参加者の内15人を逮捕、起訴したが、それは明らかに政府による抗議行動者に対する虐め、嫌がらせ、そして住民を分断しようとするスラップ訴訟であった。なぜなら、最初の15人の内には現場に行ったことのない子供まで含まれていたとのこと。結局その訴訟は2014年まで続き、最終的には一人だけが有罪判決を受けることになった(船橋市中央公民館での講演会に配布された資料、2016年7月30日 と”Voice of Takae,” 2015年6月28日)。

村人たちは新しいオスプレイ・パッド建設に抗議行動を続けたが、2基は2014年に完成してしまい、そのうちの1基は、村の最寄りの家からわずか400メートルの距離に位置しているそうだ。2015年には完成されたオスプレイ・パッドを使用しての飛行訓練が開始された。米国ではオスプレイの飛行訓練が住宅地の上空では許可されていないということが報告されているが、高江では実際民家や小中学校の上空を昼夜問わず低空飛行訓練が行われていて、住民の静かな生活やヤンバルの森の貴重な環境が破壊されている(”Voice of Takae,” op.cit.)。しかし住民と支援者の継続的抵抗により、他のオスプレイ・パッドの建設は、今年7月まで中断されていた。

だが、7月の参議院選挙の後、建設工事は突然再開された。 安倍内閣の一員で沖縄選挙区から再選を目指した大臣を、米軍新基地反対を掲げて立候補した人物が大差で破り、沖縄の民意がはっきり示されたにもかかわらずだ。まるで選挙結果に対する復讐のように、安倍首相は7月22日の早朝、日本各地から集められた約500人の機動隊を高江に送り込み、北部訓練場の建設現場への入り口で、住民が工事阻止用に設置したゲート前で座り込みを続ける約200人の村人や支援者らを暴力的に排除したのだ。

地盤の軟らかいヤンバルの森を、重い建設資材を積んだ大型トラックが何度も行きかうことで、所どころ陥没が生じ、大型車両による輸送がスムーズに行っていないらしい。このため政府は工事をはかどらせるために、北部訓練場へと続くもう一つの入り口から資材搬入を試みる動きにでた。そこでも、村人たちは裏ゲートを設置し、工事用車両が侵入するのを阻止し続けてきたのだ。

8月上旬、5日か6日の早朝、機動隊が裏ゲート前を襲撃し、座り込みを続ける村人や支援者を排除し、ゲートを破壊・突破するのでは、とのうわさが流れた。その為住民は、全国の支援者に対し、裏ゲートを守るために出来るだけ多くのサポーターが高江に駆け付けるよう、緊急支援を要請した。その要請に答えるため、私は東京近辺に住む2人の知人たちと沖縄へ飛び、全国から集まった約1500人の支援者たちと、度々襲う豪雨の中、テントや車中で緊張と眠れぬ夜を過ごした。おそらく、機動隊にとって私たちが圧倒的多数だったのだろう。結局、私たちの滞在中、裏ゲート前では何も起こらなかった。それ以来、住民や支援者の座り込みは継続されたが、機動隊が8月25日朝、撤去を始めたと、インターネットニュースが配信している。

沖縄の米軍基地負担を軽減するという名目の下、日本政府の新しく、より大きな面積を要するオスプレイ・パッド建設の進め方は、実に酷く、卑怯だ。政府の戦術は、沖縄県民を含むすべての市民の人権や幸福の追求権を保障する現行憲法の下での民主国家に於いて、到底正当化されるものではない。安倍首相や与党・自民党が、日本が防衛を強化しない限り中国や北朝鮮に飲み込まれてしまうとしきりに警告してきたが、ある村人によれば、実際高江は日本本土からの機動隊によって侵略されてしまった。

私たちは国家の安全保障・防衛について、将来何をすべきかを全国的にオープンな議論をすべきだ。そして合意に達した時、その負担の大半を沖縄に押し付けるのではなく、それを全国で公平に共有されるべきだ。

最後に指摘すべき点は、米国の退役軍人団体である「平和への退役軍人(VFP=Veterans for Peace)」が8月11日から15日まで、第31回目の年次総会をカリフォルニア州バークレーで開催したのだが、その総会で、高江のヘリパッド建設の独断的再開に関し、緊急反対決議を採択したこと。その決議では、VFPは「高江のヘリパッド建設の再開を非難し、米政府、とりわけ米軍、に対し、そのような恥ずべき、反民主的で差別的行為に、米国が何ら関わりたくないことを、日本政府に伝達するよう要請」している。又その様な代償を払ってまでも米政府は新米軍基地の建設を望まず、日本政府も辺野古や高江に新米軍基地建設の計画を断念することを希望する」と強調されている

カテゴリー: 異文化, 哲学, 国際関係, 国家の安全保障と防衛, 幸福、幸福論, 日本, 民主主義, 沖縄 タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , , パーマリンク

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