厚生労働省が2014年に発表した「国民生活基礎調査」という報告書によると、日本人の経済的状況は以前より悪化している。相対的貧困率(収入から税金や社会保険料などを差し引いた手取り収入を、世帯人員の平方根で割って調整した所得で、それが一定基準(貧困線)を下回る人の割合)は、2004年には15%だったのが、2012年には16.1%に悪化した。厚労省がOECD基準に基づいて計算した2012年の貧困線は122万円であり、日本の貧困率は、メキシコ、トルコ、米国に次いで、OECD加盟国中4番目の高さだった。また、18歳未満の子供たちの貧困率は16.3%で、実に6人のうち1人が貧困層にいることになる。(http://www.nipppon.com/en/features/h00072/)。 その割合は1985年には11%、1990年代半ばに12.1%、2000年半ばで14%、そして2009年には15.7%と悪化してきた(OECD Family Databaseおよびwww.oecd.org/els/social/inequality)。
日本の子供の相対的貧困率の悪化の傾向が懸念される。この状況は、子供たちの身体的および精神的成長への影響だけでなく、次世代の若者たちが、将来への展望をどう抱くかにも掛っているのである。高校生の間で卒業後の計画に関して行われたある調査は、大学進学を希望する生徒と彼らの家族の所得レベルには、密接な相関関係があると示している(http://3keys.jp/state/)。
出生時や小児期に置かれた経済状況に関係なく、子供たちは皆、将来への夢を持つことを許されるべきだし、それに向かって努力する機会を与えられるべきである。悪化する子供の貧困の厳しい現実を私たちが今日直視し、真剣にその問題に取り組まなければ、ある日私たちは、社会的流動性が閉ざされたとてつもない不平等な社会で目を覚ますことになりかねない。これは今日人口が減りつつある我が社会では、どうしても避けなければならない。日本が21世紀にも繁栄し続けるためには、社会全体そして国民がダイナミックであることが重要な課題である。
第二次世界大戦後、生存するため、戦争で破壊された国を再建するため、そして戦中、戦後に経験した苦難から脱出するため、日本全体ががむしゃらに働いた。そして驚くことに、1968年には世界第二位の経済大国となり、その地位を2009年に中国に抜かれるまで保った(The World Bank Database)。 長い間、日本人は殆ど階級意識を持たなかった。大半の人々は、平等な社会の中流階級の一員だと信じて疑わなかった。
ところが1990年ごろ、日本が経済危機に見舞われてから状況は一変した。地価や株価を含む国家の総資産は1990年にはピークの3,531兆円を記録したが、それは2012年度末には3,000兆円に減った(Statistics Bureau, Ministry of Internal Affairs and Communication: Statistical Handbook of Japan 2014)。
1990年以降、不安定雇用に直面する労働者数が増えた。突然失業に追い込まれたり、これまで享受した雇用の安定やそれに伴うもろもろの福利厚生を諦め、「非正規」という雇用形態を受け入れることを余儀なくされた。労働市場への新規参入者の多くは、正規社員にはなかなかなれず、何年働いても年功序列や先任順位に伴う恩恵を得ることはなく、また正社員だけに支給されるボーナスやその他の利点を受け取ることも出来なかった。ここでの「非正規労働者」とは、パートタイム、臨時、季節、契約、派遣労働者等、正規社員が普通に受ける会社支給の社会保障や他の福利厚生を享受していない、すべての不安定労働者を指す。
下記に示す情報は、日本の雇用構造の変化を如実に表わしている。労働者の総数は、1985 年には約4千万人だったのが、2010年には5千100万余りに増加したものの、上昇は、主に非正規労働者で、その数は655万人から1,756万人まで増えた。労働者全体に占める非正規労働者の割合は、1985年には16.4% だったのが、2012年には35.2%まで上昇した (MHLW: 労働経済の分析、2013)。又、2013年には、非正規労働者数は1,906万人に増え、そのうちの68%が女性であった。http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/4hanki/dt/)。
この変化は平均手取り収入額を下げたが、もっと重要なのは、世帯における所得格差が拡大したことだ。2013年の男性正規社員のうち、39.6%は500万円以上を稼ぎ、37.7%は300万から499万円、そして残りの22.7%は300万円未満の収入を得た。男性の非正規労働者たちは、たったの4.4%が500万円以上を稼ぎ、15.3%が300万円から499万円、そして80.3%は300万円未満の収入だった。一方、女性正規労働者は、たったの13.7%が500万円以上を稼ぎ、33% が300万円から499万円を、そしてその他の53.3%は300万円未満の収入だった。実際には、19.2%が100万円から199万円で、5.9%は100万円未満の収入だった。女性の非正規労働者の所得ははるかに酷い状況だった。わずか0.4%が500万円以上の所得だったのに比べ、3.1%は300万から499万円を、そしてその他大勢は300万円未満のグループに入った。実際、10.9%が200万から299万円、38.5%が100万から199万円、そして残りの47.1%の収入は100万円にも満たなかった(Ibid)。明らかに、多くの女性の収入は、貧困レベル以下である。
女性の非正規労働者の中には、単に家計を補うため、通常の労働者よりも少ない労働時間の人たちが確かに存在する。正規·非正規労働者間の所得格差は、労働時間数の違いが一因かもしれないが、それは多くの場合のケースの説明にはなっていない。例えば、派遣社員の大半は、正規社員と同じくらい長く働くが、収入は正規社員に比べてずっと低い。確かにパートタイム労働者の半分以上の労働時間は、週40時間より少ないが、可なりの割合のパートタイム労働者は週40時間以上働いているが、同じ時間数ほど働く正規社員の給料に比べて、著しく低い(http://www5.cao.go.jp/jj/wp/wp-je09/09b03010.html)。
今日では、家族の唯一の稼ぎ手として、離婚後シングルマザーとして子供たちを育てている女性が増えている。離婚がより一般的になってきている為(例えば、厚労省の人口データベースによると、1990年の離婚件数が157,608件だったのが、2013年には231,000件に増えている)、そのような女性が世帯主である世帯数は、1989年には554,000だったのが、2013年には821,000に増えている。女性労働者が低賃金に喘いでいる為、そのような多くの世帯が経済的危機に直面している。ある調査によると、そのような世帯の49.5%は生活が大変苦しいと訴え、35.2%はやや苦しいと感じている。それに比べ、全世帯の27.7%と32.2%が同じように感じているとのこと(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/HW/ K-tyosa/ K-tyosa13/)。これが日本の子どもの貧困率を悪化させている原因である。
女性の雇用状況を改善し、男女の収入格差を縮小しない限り、子供の貧困率が低下することはない。政府はこの問題に対処するため、いろいろな政策を提案している。例えば、雇用慣行および給与構造の見直し、有能な女性が昇進できるようにするためのポジティブアクションの導入、貧しい世帯への支援の増加、等々である。これらはすべて良い政策であるが、私が強く提案したいのは、日本が1967年に批准したILO条約100号に述べられている「同一価値労働同一賃金」の原則を、日本の労働者にも決定的に適用されるべきであること。
これまで多くの女性労働者は、女性であるという理由だけで、低賃金の仕事に追いやられてきた。また、女性が従事してきた多くの仕事は、技能や意思決定の責任が伴っていても、女性によって行われてきた仕事という理由だけで、低い労働価値を与えられてきた。従って、給与構造の見直しは、単に「同一労働同一賃金」ではなく、「同一価値労働同一賃金」の原則からなされるべきである。 ジェンダーバイアス(男女間の先入観や偏見)なしにこの原則を適用することで、多くの女性や子供たちが貧困から抜け出せるはずだ。