エッセイ: 郷に入れば郷に従え

今年9月の中旬、東京からジュネーブに訪問中の友人と私は、数日間のハイキングを楽しむため、スイスアルプスの真只中にあるグリンデルワルトを訪れた。その町は世界中からの観光客で賑わい、私たちも気に入っていた場所だ。私たちが泊まった5階の部屋やそのバルコニーからは、ヴェッターホルン、メッテンベルグ、フィンステラアールホルン、アイガー等の素晴らしい眺めが広がっていた。またグロスシャイデックからフューストに向けてのハイキングでは、それらの山々にメンヒやユングフラウが加わり、私たちはアルプスの雄大なパノラマに魅了された。私たちが到着する前日までその辺りは嵐の悪天候だったが、私たちは幸運にも晴天に恵まれた。

ある晩、私たちはホテルの外で夕食をとることにした。ホテルの広々としたロビーに通じる廊下にエレベーターから降りたとき、私たちは驚いて互いに顔を見合わせた。ある男性が携帯電話で話しながら私達の前を歩いていたが、なんと彼はパジャマを着ていたのだ!話している言葉から、彼が同じホテルに泊まっている中国人ツアーグループの一員だということがわかった。

以前ヨーロッパにおいて、特にスイスの山岳リゾート辺りでは、中国本土からの観光客は殆ど見かけなかった。しかし最近では、中国の急速な経済発展に伴い海外旅行がより多くの中国人の手に届くようになった為、あちこちの観光地ではより多くの中国人ツアーグループを見かけるようになった。今やこれまでより多くの彼らが海外旅行を楽しみ、他の国の人々がどの様に生活を営んでいるかを垣間見ることが出来ることは、大変喜ばしいことだ。半世紀ほど前に海外旅行に行き始めた日本人が経験したように、中国からの新しい旅行者も、西洋で似たような文化的ギャップに直面しているようだ。

ホテルのロビーでパジャマ姿の中国人男性を見かけた時、私は50年程前に読んだ日本人著者の旅行記を思い出した。彼が1950年代に米国を旅行中に体験した不運な出来事について書かれていた。私の記憶が正しければ、彼がパジャマ姿でホテルのロビーをうろうろしていると、瞬く間に精神病院に入れられてしまったそうだ。日本の旅館では、すべてのゲストに寝巻きとして着る浴衣が与えられ、ゲストはホテルの敷地内だけでなく、外に散歩に出かける時でさえ、それを着ていても何の問題にもならない。おそらく著者は日本のそのような習慣を念頭においていたので、パジャマを着てホテルのロビーに行く事がどういうことなのか何も考えなかったのだろう。当時は、ほんの僅かのアメリカ人しか東洋と西洋の文化の違いを十分理解していなかっただろうから、公共の場所であるロビーで、パジャマ姿でうろちょろする日本人男性を見た人々は、さぞかし驚きぞっとしただろう。また彼は、おそらく英語がうまく喋れなかった為、パジャマ姿に関する彼なりの正当性を十分説明することが出来なかったのだろう。それが不幸にも、ほんの短時間であっても、精神病院に収容されてしまう結果になってしまったのだ。

私たちが夕食後にホテルに戻ってきた時、パジャマ姿の男性はもうロビーにはいなかった。彼がどうなったかは分からなかったが、おそらく部屋に戻って床についたのだろう。精神病院に連れて行かれたのではない、とだけは断言できた。フロントにいたホテルのスタッフが彼の外見に対して何の反応も示さなかったからだ。彼らは彼のパジャマ姿を全く気にする様子でなかった。これまでいろいろな文化圏からの観光客を扱い、様々な行動を目撃しているであろう彼らは、もう何に対しても驚かないのだろう。

今日、アメリカのホテルスタッフがその様な状況に直面した場合、どう反応するのだろうか。彼らもまた、これまでいろいろな国の観光客に接してきているので、きちんとした(露出度の低い)パジャマ姿のその中国人客を無視しただろう。少々異なる行動を取る人々に対し、社会の許容度が増していることは嬉しいことだが、様々な文化圏への旅行者にとって、未だに有効なアドバイスは“郷に入れば郷に従え”である。

カテゴリー: ユーモア, 異文化, 経済発展, 哲学 タグ: , , , , , , , パーマリンク

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