エッセイ: トミの安楽死

過去18年間私と一緒に暮らしてきた愛猫のトミを旅立たせてから、早くも一カ月が過ぎた。最後は腎不全で苦しがっていた彼女を、安楽死させねばならなかった。

彼女が危篤状態に陥る前、私は3週間留守にしていて、その間彼女はペットホテルに預けられていた。私が出張や旅行で出かける時は、彼女は常にそこに滞在し、手厚い世話を受けていた。そこのオーナーやアシスタントの人々に十分馴染んでいたので、そこはまるで彼女の別荘のようだった。今回、私が帰宅した後直ぐ迎えに行った時、彼女は以前のように健康そうに見えた。ペットホテルに滞在中、彼女は普通に食事をしたとのこと。自宅に連れて帰った後の食欲も何時もと変わりないような感じだった。

彼女を自宅に連れ帰った後気付いた点は、彼女が何時もより私に対して愛情いっぱいにふるまうことだった。夜、彼女は私のベッドの上で寝ていたが、普通私の足元辺りで丸くなっていた。だが今回は、私が夜中に目を覚ますと、自分の身体を私の頭に押し付け、その可愛い頭も私の枕に置いて寝ていた。そんな彼女を見て、私の不在中、彼女が如何に私を恋しがったのかを察した。私はそんな彼女を愛しく思い、数回そっと撫でた。

私達の嬉しい再会後は、すべてが正常に戻ったように思えた。ところが、次の日から、私が抱っこしながら、彼女の口の中に指で入れてやる細切れにしたマグロの刺身以外は、何も食べようとはしなかった。マグロの刺身は彼女の大好物だった。その4日後は水も飲まなくなってしまい、間もなく彼女のトイレ用砂箱は乾いたままだった。

この6日間、彼女は3回も血液検査を受けた。結果は彼女の血糖値が不規則にそして急激に乱高下していることを示した。したがって、獣医は彼女がこれまでの2年半の間、毎朝毎晩投与されてきたインシュリンの量ではなく、新しく必要とする量を血液検査を通して割り出そうとしていた。しかしながら、最後の血液検査の結果は、彼女の腎臓がもうすでに機能していないことを示していた。獣医はもはや選択の余地がないと判断し、彼女が必要以上に苦しまない為にも、なるべく早く彼女を安楽死させるよう勧めた。

これまで私の両親を含めて、トミは誰よりも私と長く暮らしてきた。私にはとても大切な命だった。そのような命を安楽死という形で奪わなければならないことは、私にとって計り知れない悲しみだった。だが今回、獣医の勧めは余り抵抗なく受け入れることができた。ほぼ一年前に別の愛猫(2011年5月のブログに載せたエッセイ、“マリースの安楽死“を参照)に関して似たような状況に直面した時、私はすぐには獣医の判断を受け入れられず、マリースの命を一日延ばしてしまったのだ。それが結果的には、そして大変残念だが、彼を不必要に苦しませてしまったのだ。今回は、トミにとって何がベストなのかという判断に基づき、迅速に決定することができた。

トミがペンションから帰宅して一日余りで危篤状態に陥ったということは、私の留守中、彼女の持病である糖尿病や腎臓病が徐々に悪化したのだろうか?動物は自分の死期を的確に予期する不思議な能力があると言われているが、トミも自分の年齢や2年半前からの健康状態を考慮し、間もなく自分もこの世を去るのだということを悟っていたのだろうか?自分の健康状況を考慮しても、彼女は私に最後のあいさつもせず逝くまいと、気丈に振舞い、自分の命を維持しながら私の帰りを待っていたのだろうか?もしそうだったなら、私が帰宅するまで待っていてくれたこと、最後の日々を一緒に過ごさせてくれたこと、そして私の腕から旅立たせることが出来たことに、彼女には大変感謝している。

この近くの動物愛護センターから貰ってきて以来、トミとはスリランカでの3年を含めて合計18年間暮らした。もう彼女が周りでうろちょろすることもないし、外出先から帰宅した時にドアの所まで出迎えてくれることもない。今そのような生活に徐々に慣れようとしている。私はこれまで彼女から無償の愛をいっぱいもらい、いつも慰められてきた。そして今、彼女は心温まる思い出を沢山残して私の元を去って行った。それらの思い出はこの先何年も私の心を癒してくれるに違いない。トミよ、これまでありがとうね。

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