エッセイ: 持参金(Dowry) と婚資(Bride Price)

伝統的社会では、女性が結婚する時、その両親が高価な花嫁道具や持参金を与えなければいけないとのことで、女性が家族にとって経済的負担とみなされてきたことを前回のブログに書いた。その一方で、ある社会では、花婿が花嫁の家族に対して、彼女の今後の経済的貢献の見返りとして、「婚資」を現金、家畜、あるいは物品という形で支払わなければならない。

私が大分前に「婚資」という習慣を初めて知った時、タンザニアの農村地帯で女性の労働参加に関する調査を実施していた。「持参金」とか「婚資」はその調査には全く関係がなかったが、同じ仕事仲間から、その農村地帯にはそのような習慣があることを聞かされた。それによると、例えば三人の娘を持つ父親なんかは大変幸運で、娘ひとりひとりを結婚させる度にそれぞれの花婿より「婚資」を受け取るのだそうだ。その話が余りにも我が国の習慣からかけ離れていたので、深い印象を受けたのを覚えている。タンザニアの女性が家族の重荷というより資産として考えられているだけでも、彼女達は日本の女性より社会的に高い地位を享受しているのだろうかとも思ったほどだ。

社会学者シュデシナ・マイトラ氏(Sudeshna Maitra)の論文によると、花婿側が婚資を花嫁側に支払う習慣は、一夫多妻制度が普通に受け入れられている社会で頻繁に見られるとのこと(Sudeshna Maitra の論文 “Dowry and Bride Price” を参照)。そういえば、私が調査活動をしたタンザニアの農村地帯の住民は主にイスラム教徒だった。その辺りでは、男性の数人の妻たちは、夫に経済的に頼っている様子でもなく、それぞれの独立した所帯を持ち、自分達の労働だけで土地を耕し作物を作りながら生計を立てているようだった。私がタンザニアに行くまで、数人の妻を抱えた男性は、それぞれの妻に快適な生活を保障しなければならないだろうから、さぞかし金持ちに違いないと信じていた。しかしそこではそうではなかった。それぞれの妻は、自分と子供たちが食べていく為に、せっせと汗を流し農作業に励んでいた。婚資の習慣を初めて聞いた時、タンザニアの女性の地位はひょっとして日本人女性のそれより高いのだろうか、といった私の最初の思いは、その時点でどこかに消えてしまった。

シュデシナ・マイトラ氏の婚資に関する観察の正しさは、私の個人的な経験でも裏打ち出来る。タンザニアでの仕事を終えて間もない頃、私はエジプトに旅行し、その国の主な観光地を巡った。その旅行が終りに近づいた頃、若いビジネスマンと知り合った。彼の家族はカイロで大きな土産物屋を経営していた。彼によると、家族は首都から離れた土地で大きな花畑も所有し、そこでいろいろな花が栽培されているとのこと。それらの花からはエッセンスが抽出され、それらはいろいろな香りの香水の原料としてフランスに輸出されているとのこと。

私がエジプトの花畑に興味を示すと、彼は次の週末に私をそこに連れて行こうと提案してくれた。が残念ながら、私は次の日にはジュネーブに向けてエジプトを離れなければならなかった。すると彼は、私が彼と結婚してくれれば、私の家族に40頭のラクダを提供すると言う。タンザニアでその様な話を聞いていたので、私は彼が”婚資”について語っていることを認識した。彼がその時既婚者だったのかは分からなかったが、彼がそう希望すれば、彼の社会では複数の妻を持つことも可能だった。40頭のラクダは当時の彼の国では可なりの経済的価値があったに違いないが、動物たちにとって日本のような気候に住むのは悲惨だっただろうし、私の家族にとってもラクダなど大変な厄介ものだったはず。また、彼と私はまだ十分お互いを知らなかった仲だったので、私は彼からの結婚の申し込みを丁寧に断った。

いずれにせよ、私は持参金とか婚資という考えがずっと気に入らなかった。どちらも女性を単に、経済的取引を経てある所有者から別の所有者に渡る物質的対象としてみなしているように感じられるからだ。真に解放された男性とそれと同等に自由に生きる女性の結婚には、持参金とか婚資という概念は全く入りこむ余地がない、というのが私の持論だ。

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