エッセイ: 食中毒: 衛生管理と従業員教育

食品工場やレストランでは、食材の扱い方や保存管理に常に神経をとがらせていなければならない。衛生管理に不十分な工場で製造された製品や、そのようなレストランでの食事は、食中毒の原因になるからだ。特に暑い夏の季節、食品提供者は生物の扱いには十分すぎるほどの注意が必要だが、夏以外もそうだ。

今年、北ドイツを中心に猛威をふるい、多数の死者を出した大腸菌O104による感染拡大は5-6月頃だった。その頃日本では、あるレストランで生牛肉料理のユッケを食べた人々の間で大腸菌O111による食中毒が発生し、数人が死に至った。日本のこのケースはその原因が直ぐ解明されたが、ドイツのケースは、最初キュウリやもやしが疑われたが、私が理解している限り、まだ確かな感染ルートの解明には至っていないようだ。これらのケースは大々的に報道されたが、世界各地では、特に衛生状況が悪い発展途上国では、いろいろな原因で食中毒が発生し、大勢の人々が亡くなっているとみられる。

一度でも食中毒者を出してしまった企業やレストランは、特に先進国では、その後信用回復にはとてつもない時間と努力が必要だ。小中企業だと、廃業に追い込まれるケースも多い。食中毒にかかった消費者はもちろん一番の被害者だが、企業が廃業に追い込まれれば、その従業員達の職や彼らの家族の暮らしまで奪われるので悲劇的だ。その為食品の衛生管理は雇用主と従業員が一体となって行う必要があり、従業員教育は徹底しなければならない。ただこれが言うは易行うは難である。

10年以上前、私が西アフリカの某国に行き、食品加工産業における職場や食品の安全衛生に関して4日間のセミナーを開催した時、丸一日をセミナー参加者と一緒に工場訪問に費やした。参加者はその国の労働省のお役人や各地から集まった食品加工産業に携わる使用者側と労働組合の代表だった。工場訪問は、訪れた職場の様子を実際自分達の目で観察し、セミナーで話し合った良い例や改善が望まれる点を具体的に指摘したりして、参加者全部が更に学ぶ良い機会だった。

数か所の工場を訪問したが、そのひとつは世界中に事業を展開している多国籍企業で、その工場長はスイスの本社から派遣されて来ていた。さすが本社がスイスだけあって、工場内は整理整頓され、清潔に保たれていた。その国では衛生部門における模範的な職場だったに違いない。工場長とのデスカッションの最後に私が質問した。その国がまだまだ貧しいが故に、一般従業員の衛生観念と彼が求める基準とは可なりの隔たりがあったことだろうと想像し、そのような状況の元、従業員教育に関してどのような苦労があったのか興味があった。

食品衛生の専門家は、大腸菌による食中毒を防ぐ最も基本的なことは、清潔な水で良く手を洗うことだと言う。この工場長の苦労話もこれに似たようなものだった。彼がその国にやってきた頃、従業員には食事の前に必ず手を洗うように何度も指導したとか。だが正午に朝の仕事を終えた従業員は先を競って洗面所に行き、まず手を洗い、その後トイレに入ったが、そのまま手を洗わずに食堂に向かう者が結構いたそうだ。そのような従業員には徹底的に指導したそうだが、指導された者の中には、さっき既に手を洗ったと反論する者もいたそうだ。確かに仕事の後に手洗いをしたのだから、それは食事の前の手洗いと解釈したのだろう。しかし食堂に行く直前にトイレに行ったことで、再び手洗いが必要だと理解してもらうのに苦労したとのこと。でも職場の衛生管理教育を忍耐強く何度も繰り返し、ようやく満足な結果になったそうだ。でも常に新入社員がいるため、その教育はずっと繰り返されているという。

食品衛生に於ける徹底した従業員教育の難しさは、衛生基準が世界でトップクラスのスイスでも同じようだ。数年前ジュネーブ空港カフェで、それを垣間見てしまった。チェックインが余りにも早く終わってしまい、出発まで時間があり過ぎたので、サンドウィッチ売り場に行った。私の前には先客が二人いた。一番前の客がたった今買ったサンドウィッチの代金を支払うため、財布からお札を取り出した。そこの従業員はそのお札を受け取り、お釣りとして他のお札とコインを何個かレジ箱から取り出し、その客に渡した。

驚いたことに、その従業員は薄いレイテックスの手袋を両手にはめたまま、客からのお金を受け取り、又レジ箱のお札を触っていた。更に驚いたことに、私の前の客がサンドウィッチを買い求めると、そのレイテックスの手袋をつけたままガラスのケースに入っているサンドウィッチを掴み、紙皿にのせていた。サンドウィッチが既に袋にでも入っていたなら問題ないが、お札を触った同じ手袋で商品のサンドウィッチを掴むとは何たることだ。そこにサンドウィッチを挟むトングがあったかどうかは分からなかったが、少なくとも彼はそれを使わなかった。

多分彼は客がいない時、店の奥で新しいサンドウィッチを作るのだろう。その作業は衛生上、素手でサンドウィッチの材料を掴まないよう、レイテックスの手袋をはめてする訓練を受けていたのだろうが、同じ手袋をしたままお札に触ったり、その後その手袋でサンドウィッチを掴んだりしたのでは、何の為の手袋かを十分理解していないようだった。それを見てしまった私は、何も買わずにそこを立ち去った。

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