エッセイ: 安楽死について思う

今年の4月末、9年間一緒に暮らした愛猫を安楽死させねばならなかった。とても悲しい経験だった。詳しくは「マリースの安楽死」というエッセイを前回のブログに書いたが、ちょうどその頃、スイス連邦では1941年以来許可されてきた、利害関係のない医師以外の人によって行われる「自殺ほう助」を、チューリッヒ州で今後も継続すべきかそれとも廃止すべきかを問う住民投票を5月15日に控え、いろいろ議論が行われていた。

「自殺ほう助」は、末期癌等で極度の痛みで苦しむ患者が、無益と思われる治療を拒み、自分の死期を自分で選べるという権利を尊重したものだ。毎日耐えがたい肉体的苦痛に直面する患者の命を、全く回復の見込みがないのに、むやみに維持することがその人にとっては残酷である、との考えが、これまでチューリッヒ州住民の大半の支持を得ていた。しかし安楽死、又は自殺ほう助を認めている国は世界でもまだ少なく(例えば、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、アメリカ合衆国のオレゴン州)、最近は安易にスイスで安楽死を求める外国人の「自殺ツーリズム」が増えているとの懸念が浮上し、この住民投票が行われることになったのだ。この住民投票で問われたのは、自殺ほう助の現状維持か廃止か、そしてもし現状維持だとしても、今後は外国人の受け入れを禁止すべきかどうか、の2点だった。投票の結果、自殺ほう助の禁止を支持したのは投票者のわずか15.5% で、外国人受け入れ禁止を支持したのも22%にとどまった。(http://karapaia.livedoor.biz/archives/52007279.html参照)

この議論がマスコミで取り上げられている時、どうしても私は亡き母のことを思い出さずにはいられなかった。母は31年前、胆管癌の為64歳でこの世を去った。その頃の日本では、一般に癌の告知は本人にはせず、医師は家族に病状を説明していた。私達家族が母の病状を知らされた時、癌は既にあちこちの内蔵に転移しており、主治医は手術も手遅れと判断した。私達は母の余命が3カ月ほどと知らされた。

私達家族は奇跡を願い、母が何とかもう少し長生き出来るようにと、いろいろなことを試みた。例えば、まだ保険では認められていない高価な新抗癌剤を主治医が試験的に使用したいと申し出れば、躊躇することなく同意した。また癌に効き目があると言われるものがあれば、それらのあらゆる物を何とか入手し、母に飲ませたり食べさせたりしたものだ。其の甲斐があってかどうかは分からないが、余命3カ月と言われた母は6カ月後にこの世を去った。だが最後の3カ月は耐えがたき痛みに苦しんでいたようだ。

身体じゅうの痛みが日増しに悪化し、モルヒネの量が徐々に増え、注射の頻度も増していった。痛み止めを打つと、それが彼女の血圧を危険な状態にまで引き下げるとのことで、その後は血圧を上昇させる注射を看護婦さんがしていたように記憶している。このように、母にはモルヒネと血圧コントロールの注射が交互に、そして頻繁に打たれるようになった。彼女の病室を訪れると、彼女の腕は抗癌剤や栄養剤の点滴の注射針に長時間繋がれていた。息を引き取る3週間前からは、彼女の身体は多くのチューブに繋がれ身動きも出来ない状態だった。例えば、胆汁を体外に流す管、鼻に挿入された酸素吸入器の管、腹水を体外に出す為食道から胃に挿入された管、尿道に挿入された管、等々。余りにも痛々しい感じで母が可哀そうでならなかった。

自分の病状そして回復の見込みが全くないと悟った母は、安楽死を望んだように思える。少なくとも、苦しみながら無益な治療を続けることがいかに無意味であるか、との思いを私に漏らしたことがあった。姉にそれを告げ、主治医に相談しようか話し合うと、日本の医療は基本的に延命治療を最優先させるのだから、そんなことを主治医に相談しても迷惑がられるだけだ、と言われてしまった。結局母は、最後の3カ月間の耐えがたき苦痛を経て私達の元を去った。

母に対して私が一番心残りに思うのは、希望通りに彼女を安楽死させてあげられなかったことだ。安楽死に対して日本の医療がその後どれほど変化したかは分からないが、大して変わっていないような気もする。脳溢血で倒れ植物人間になってしまった後、長年延命措置に繋がれていたお父様を見てきたある友人は、数年前に彼が息を引き取ったことで、ようやく彼女の心に平和が戻った、と打ち明けていたからだ。

時間が経つのは早いもので、私もあと2年もすれば母が亡くなった年齢に到達する。皆が何とか最後まで寝込むことなく元気で過ごし、人生を全うしたいと望んでいる。私もそうである。でも将来、もし私が母のように回復不可能な病に陥ったなら、そして毎日が地獄のような苦痛の連続だとしたら、その時は日本でも、自分で自分の死期を選べるような制度が導入されていることを切に願っている。

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