エッセイ: 捨てる神あればひろう神あり

つい最近、日本の新聞がある主婦の自殺を報じていた。その記事によると、其の主婦は過去に何度か顔の整形手術を受けたのだが、自分の望むような結果が得られず、特に鼻が「ゴリラ」のようになってしまったと悲観し、絶望のもとに自殺に至った、ということであった。鼻の整形手術を執刀した医者のコメントも其の記事に載っていて、彼によると、手術は彼女の希望通りに行われ、決して失敗ではなかった、とのこと。この事件の真相は分からないが、この記事は私の思春期、そして二十歳の頃の記憶を鮮明に蘇らせた。

幼い頃から蓄膿症に悩まされていた私は、耳鼻科の医者からそのうちに手術が必要だと言われていた。14歳になったばかりの時、身体の成長が一応治まったということで、ようやく其の手術を受けることができた。手術日が決まったある日、父に、「ついでに鼻をちょっと高くしてもらおうかな」と冗談めかしに言ってみた。話し終えると同時に、「馬鹿野郎!」と父に大声で怒鳴られた。もちろん本気で考慮してもらえるなぞ思ってはいなかったのだが。それ以来、その件に関して話題にすることもなかった。

ただ、其の何年か前、日本のスーパースターが舞台で歌っている最中、彼女の成功に嫉妬した少女に塩酸をかけられ、顔に火傷した。その後治療の一環として整形手術を受けた際、ついでに鼻の整形も行い、以前よりずっと形のよい鼻になって舞台に戻った、というようなゴシップ話を記憶していた私は、つい父にあのようなことを言ってしまったのだ。

この世には、親から与えられた顔に十分満足できない人が沢山いる。私が冗談にでも鼻の整形手術を受けたいと思ったということは、私もその一人だったのだろう。私の場合でいえば、幼い頃、どういう理由でかは分からなかったが、私の顔を見るたびに、「えーっさ、えーっさ、えっさほいさっさ、お猿の駕籠屋だほいさっさ」、と歌い出すおじさんが近所にいた。どうも私が猿を連想させるかのようで、子ども心にも傷ついた。確かに其の当時、落ち着きのない子だった。ちょこちょこ動き回ったので、ある親戚の訪問客に、「あんたは5分としてじっとしていられないね」、と言われたのを記憶している。5歳の時だった。

その後は、肉体的にも精神的にも普通に成長したつもりでいる。私と猿の関連性を気にしながらも、私だって人並みの顔だと思えるようになった。確かに自分が美人だと思ったことはなかったが、ある日ルームメイトの一言で、十分自分の容姿にも満足出来るようになった。

それは私が、アメリカの中西部にあるウイスコンシン州立大学の3年生だった頃で、当時、私は学生寮の一室を地元の女子学生とシェアしていた。彼女は大学2年を終えると結婚。私と寮で同居していた頃は毎週末、夫が待つ遠くの自宅に戻っていた。彼女は金髪の容姿端麗で、いかにも北ヨーロッパ系アメリカ人という感じだった。

ある日、向き合った机で彼女と勉強をしていると、彼女がまじまじと私の顔を見ているではないか。ちょっと恥ずかしい気もしたが、無視して勉強を続けていると、突然彼女が「貴女の鼻がとても可愛くて、羨ましい」と言う。一体何を基準にそういうのだろうと不思議に思い、「私は貴女の鼻の方が、鼻筋が通っていてよっぽど羨ましい」と答えた。すると彼女は、自分の鼻は、特に鼻先が下がり過ぎていて、恰好が悪い、と言う。

確かに童話に登場する魔法使いのおばあさんは皆大きな鼻を持ち、鼻先が鷲鼻の様に描かれている。でもこの彼女の鼻はどうみても普通だったので、「鼻先が下がり過ぎ」とは一体どういうことか聞いてみた。彼女の説明によると、自分自身を鏡で見た時、鼻の穴がはっきり見えるのがいいのだそうだ。鼻先が下がり過ぎると、鼻の穴がそれに隠れてよく見えなくなるとのこと。「貴女は自分の鼻の穴がちゃんと見えるので、羨ましい」とのことだった。

これまでどう見ても、自分の鼻が羨ましがられるようなものだと思ったことがなかった。でも彼女の言葉で、それがまんざらでもないということを自覚し、見直し、その後の人生観に可なりプラスになった。物の見方によって、価値観は大きく変わる。新聞の記事の主婦も、整形手術などというものを受ける前に、自分を、違った視点から見つめる事ができていたら、全く異なった人生を歩いていたかもしれないのだが。

カテゴリー: ユーモア, 異文化, 哲学 タグ: , , , , , , , , , , パーマリンク

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